みなさん、太宰治の小説を読んだことがありますか?
太宰治といえば「人間失格」のイメージがあり、ちょっと暗くて難しそう……というような印象を抱いているかもしれません。
だけど、太宰治の小説にはさまざまな雰囲気のものがあり、中には読みやすいものもたくさんあります。
今回は、太宰治好きな私がおすすめする小説と、心に響くいくつかのフレーズをご紹介します。
太宰治のプロフィール
本名、津島 修治(つしま しゅうじ)。左翼活動での挫折後、自殺未遂や薬物中毒を繰り返しながらも、第二次世界大戦前から戦後にかけて作品を次々に発表。没落した華族の女性を主人公にした『斜陽』はベストセラーとなる。
戦後は、その作風から坂口安吾、織田作之助、石川淳らとともに新戯作派、無頼派と称されたが、典型的な自己破滅型の私小説作家であった。主な作品に『走れメロス』『津軽』『お伽草紙』『人間失格』がある。
Wikipedia より引用
2019年には生誕110周年を迎え、彼をモデルにした映画や書籍も続々と発表されるのを見ても、今尚衰えぬ人気ぶりがうかがえます。
女生徒
主人公である女生徒は、ちょうど思春期に差し掛かっていた。子供から大人になるまで微妙な空想なもの思いに浸っていた。その空想のうちで、自分の中の理想を膨らませいた。
そんな中、現実で思うようにいかないことなどを思い思いに取り上げて、「どうすれば人は幸福になれるか?」などを考え始める。その内に、段々と日常的な物事に思いが馳せていった。
そして、登下校中で見る光景や情景、家庭で見える普通の景色とこれまで見てきたものについていろいろ考え始めるのだった。
Wikipedia より引用
実は、太宰治の小説には女性目線のものが多いんです。
この「女生徒」という小説は、その名の通り女子学生の何気ない1日を軽快な文章で綴っています。
「女は、自分の運命を決するのに、微笑一つでたくさんなのだ」
これは、主人公の女の子が電車の中で誰かと目が合ってしまったら――と妄想する場面です。
「けれども、私がいま、このうちの誰かひとりに、にっこり笑って見せると、たったそれだけで私は、ずるずる引きずられて、その人と結婚しなければならぬ破目におちるかも知れないのだ」
つまり、電車の中で誰かに微笑んでしまったら、その人に見初められ、結婚までいってしまうかもしれない。微笑み一つで自分の運命が決まってしまう、とおそれているのです。
一見自意識過剰のようにも思える場面ですが、女の子ならではのロマンチックなアイディアに、胸がきゅんとしませんか?
そして、これを太宰治が書いたというのも、ものすごく意外な感じがしますよね。
「眼鏡をとって、遠くを見るのが好きだ。全体がかすんで、夢のように、覗き絵みたいに、すばらしい」
これは冒頭部分に出てくる場面。眼鏡をかけずに見る景色を「夢のよう」「覗き絵みたい」と表現するところにも、青春のきらめきが溢れています。
斜陽
――直治が南方から帰って来て、私たちの本当の地獄がはじまった。
〝斜陽族〞という言葉を生んだ名作。
没落貴族の家庭を舞台に麻薬中毒で自滅していく直治など四人の人物による滅びの交響楽が静かに始まる。
破滅への衝動を持ちながらも「恋と革命のため」生きようとするかず子、麻薬中毒で破滅してゆく直治、最後の貴婦人である母、戦後に生きる己れ自身を戯画化した流行作家上原。
没落貴族の家庭を舞台に、真の革命のためにはもっと美しい滅亡が必要なのだという悲壮な心情を、四人四様の滅びの姿のうちに描く。昭和22年に発表され、“斜陽族"という言葉を生んだ太宰文学の代表作。
Amazon より引用
「人間失格」と並び、太宰治の代表作として知られる「斜陽」。
少しずつ破滅に進んでいく貴族の、悲しき様子が綴られています。
これも主人公は女性であり、太宰治の弟子であり愛人であった静子がモデルとなっています。
「お母さまは、何事も無かったように、またひらりと一さじ、スウプをお口に流し込み、すましてお顔を横に向け、お勝手の窓の、満開の山桜に視線を送り、そうしてお顔を横に向けたまま、またひらりと一さじ、スウプを小さなお唇のあいだに滑り込ませた。ヒラリ、という形容は、お母さまの場合、決して誇張では無い。婦人雑誌などに出ているお食事のいただき方などとは、てんでまるで、違っていらっしゃる」
こちらは、冒頭部分の文章。「お母さま」がスープを飲む場面が丁寧に描かれています。
ただスープを飲んでいるだけなのに、お母さまがいかに優雅で上品な女性であるかがひしひしと伝わる文章になっていますよね。
「斜陽」には、印象的なフレーズがたくさん使われています。
「私、不良が好きなの。それも、札つきの不良が、すきなの。そうして私も、札つきの不良になりたいの。そうするよりほかに、私の生きかたが、無いような気がするの。あなたは、日本で一ばんの、札つきの不良でしょう」
「しくじった。惚れちゃった」
「戦闘、開始、恋する、すき、こがれる、本当に恋する、本当にすき、本当にこがれる、恋いしいのだから仕様が無い、すきなのだから仕様が無い」
「人間は、恋と革命のために生れて来たのだ」
「斜陽」の中では、母親の死、弟の自殺……など、暗い出来事が続々と展開していきますが、そんな不幸が続いていてもなお、印象的で強いフレーズが散在していることによって、ある種の「美しさ」「強さ」を感じ取ることができるのです。
さまざまな太宰治の小説を読んできましたが、文章の美しさ、儚さは「斜陽」が1番だと感じます。
秋風記
死の誘惑に取り憑かれた主人公「私」が、年上の女性・Kと谷川の温泉に向かうという話で、二人の対話を中心に、奇妙な情死行を綴った短編である。
Amazon より引用
14ページほどの短い物語です。
死にたいと願う主人公は、太宰治自身がモデルなのでしょう。
「あの、私は、どんな小説を書いたらいいのだろう。私は、物語の洪水の中に住んでいる。役者になれば、よかった。私は、私の寝顔をさえスケッチできる」
たった3行で、執筆に苦しむ太宰の思いが悲しいほどに伝わってきます。
さまざまな小説を書いてきた太宰ですが、この時期にはどのような文章を書けば良いのか、どのような物語を書けばいいのか、相当悩んでいたのでしょう。
そして同じく小説を書く、年上のKという女性がいます。
Kは訪ねてきた主人公に、
「死にたくなった?」
と真っ先に尋ねます。そして二人は、谷川の温泉に旅行に行くのです。
そこでKは事故にあってしまい、病院に行くことになり、旅は終わりとなります。
幸い怪我自体は大したことがないのですが、その後、主人公はKに指輪を送ります。しかしKから返ってきたのは、今年3歳になるKの長女の写真でした。
この小説にはさまざまな解釈がありますが、私個人の感想としては、「似たような思いを持って過ごす主人公とKの間に生じる少しのずれ」がとても印象深いです。
死にたいと願う主人公と、その理解者であるK。旅に出かけ、さまざまなことを語るけれども、いざ事故にあったら病院に駆け込んでしまうくらいには、「生きたい」と思っている。
主人公は指輪を送るけれども、そのお返しには長女の写真。
同じ方向を向いているようでも、やっぱり別々のものを見ているふたりの様子が、儚く、切なく描かれているように思えます。
いかがでしたか?
今回は太宰治の中で私が好きな3作品をご紹介しました。
他にも面白い話がありますので、この機会にぜひ太宰治を読んでみてくださいね。